Amakioto/ 6月 30, 2020/ お知らせ, 舞台/アート/ 0 comments

イスタンブールのアーカイブプロジェクト「House is me」に、私がコロナ自粛中に創った映像作品「淵~Depth」が掲載されました。

もともと、私はコロナの自粛期間中、夫と二人きり、蛙の鳴き声を聞きながら自宅の和室で稽古をしていました。特にこういう作品を創るんだ、と決めて撮ったわけではなく、稽古風景を編集し、頭の中を整理し、夫に観てもらうだけの為に映像を編集したのですが、これはこれで、私にとって重要なプロセスになったと思っています。

丁度その編集が終わって、夫が想像以上に面白がってくれたり、チェリストの友人である成田千絵さんが映像を観て曲を創ってくれたりしていて、折角だからこれに出さない?と、このイスタンブールのPURESPACEの企画趣旨を読んだ夫が提案し、応募してくれました。

出来上がったアーカイブを眺めると、このコロナの自粛期間、世界各地のダンサーが何を感じ、何を残そうとしたのかを垣間見ることが出来て、改めて参加して良かったと感じます。

これはダンス映像のコンペティションではありません。クオリティが重要ではない。

家という空間と、この時期のダンサーの身体がどのような相互作用を生んだのか?

それを記録として残す、という企画です。

いや、面白いな。イスタンブール!ダンスリレーとか、レクチャー動画とか、とにかくこの時期、舞台表現やダンスクラス等がオンライン化してゆく中で、このような切り口でアーカイブしてもらえたのは幸運でした。

 

「House is me」のプロジェクト趣旨は、下記の通りです。

「House is me」プロジェクト 私達PURESPACEは、現在私達が経験している‟コロナ禍”を、クリエイティブなプラットフォームとして可視化し、 「House is me」プロジェクトとしてアーカイブに変換することは、この期間の記憶を作成するという点で価値があると考えています。

私たちが自粛中、自主的に、家に滞在しているこの期間中に、家という空間と私たち自身の身体はどのような相互作用を生み出したでしょうか? そして私達は、すべてのモノと、どのように関係を結んだのでしょうか? リアルとバーチャルを入れ替えたときに、この間に発生した新しい距離感と“近接の定義”は、どのように私達に反映されたでしょうか? 私達のプロジェクトへの回答として、この期間、各アーティストが自分たちなりの方法で、自宅で制作した作品は、下のギャラリーにあるサムネイル画像をクリックすることで、見ることができます。 また、インターネットアーカイブサイトからすべてのビデオを見ることができます。

House is me

We, as PURESPACE, find it valuable in terms of creating a memory, to make the eclipses we are experiencing now visible on a creative platform and then to turn it into an archive through our project House is me.

During this time that we are staying inside voluntarily, in our homes as a space, how do we relate to ourselves, to our body, and to all the things we interact with? How do the new distance and proximity definitions arising during this time, when the real and the virtual are interchanged, reflect on us?

You can view the works that artists have produced during this time at their homes by their own means as a response to our open call by clicking on the thumbnail images in the gallery below. You can also see all the video through the Internet Archive site.

「淵~Depth」の日本語訳もここに載せておきます。

KAORI ITO PROJECT 「depth」

【Explanation texts】

This is a work created by crossing the various times of the past and present of a couple. Time when I should have been able to touch the body,and The story of those lost and going back and forth spending time alone. -Is it in your arm or in my memory?- At the “depth” of time, I just walk quietly. I spent most of this Covid-19 period in a house surrounded by rice fields. At night, I moved my body in a limited space, surrounded by the cry of frogs. Only my husband can directly interact with me about the creation. However, I think artists are creatures that want to keep their awareness in shape in any situation. I would like to leave here that the accumulation of time, which is created by the loss of the stage space, loss of interaction with people, and the loss of rehearsal space, can become a work

choreograph by KAORI ITO

dancer TOMOHIKO KYOGOKU/KAORI ITO

music by CHIE NARITA

 

伊東歌織プロジェクト 「淵〜depth〜」

【作品テキスト】

これは、とある夫婦の「過去」と「現在」の様々な時間を交差させて創り出された作品です。肉体に触れることの出来たはずの時間と、それらが失われ、ただひとり過ごす時間を行き来する物語。 ー今わたしが居るのは、あなたの腕の中なのか、わたしの記憶の中なのか。ー

時間の淵を、わたしは静かにただ歩く。

【作家コメント】

私はこの自粛期間の殆どを、田んぼに囲まれた家の中で過ごしました。夜は夥しいほどの蛙の鳴き声に包まれながら八畳間で身体を動かし、直接的な創作のやり取りが出来るのは夫婦2人しか居ない。しかしアーティストというのは如何なる状況においても、気づきを形に残したがる生き物なんだと思います。舞台の場や人との交流、稽古場が失われたからこそ生まれる時間の積み重ねが作品になり得ることをここに遺したい。

振付・ダンサー  伊東歌織

ンサー 京極朋彦

音楽 成田千絵

 

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