amakioto/ 12月 31, 2019/ アーティストインレジデンス/ 0 comments

122日、今日も私たちは物語を探した。

翻訳機を片手に言葉についてはいつだって手探りで、拙いけれど、彼女たちと作業しているのがとにかく楽しい。

私たちは、作品を創る以前に、それぞれの記憶を辿り、共有する場を創っているのだと思った。

日本でやるより、倍以上に時間が掛かることもある。

しかし、日本でやるよりも、私の言葉が丁寧に伝わっていくのを感じる。

二人とも日本語が出来るけど、やはり作品で使う言語や、私の日本語は曖昧なので難しいようだった。私自身、整理して言葉を伝えることを普段からしていないのだと気づかされた。

自分の視点を言葉や文章におこすこと、そして記憶を踊りと繋げることを通して、今まで知らなかった二人を見つけることが出来る。また、彼らの言葉を通して自身の踊りについて気づくことがある。

彼らの世界観に、このような形で触れることが出来て嬉しい。

 

そう、この実験を行う前に、私の大好きな後輩の旦那さん(哲学者)に、とある相談をしました。

この実験は、無意識を意識化することに使えないものか?

この振付方法をフロイトやラカンの精神分析論と繋げるには余りにも稚拙であり、余りにも安易だということも分かってはいたけれど、無茶振りながら、専門家に纏まらない考えを聞いて貰うことが私には重要だった。

彼からの言葉を抜粋すると、

「言葉と踊り手の間に対話がなされるのだとすると、そこには書き手の無意識も介入してきます。精神分析の理論から考えると、現象として「転移」と呼ばれる事態が起きやすい状況になると考えられますので、もっとも対話がうまくいくというのは、端的に「愛」が成立することになるかと思います。しかし、そうすると、それは無意識の構造の記述では有りません。そこに生まれるのは、新しく構築された物語です。」

とても適切で、納得した。

ソウルに来る前に、この言葉を貰えたのは救いだった。

新しく構築された物語の行く先はまだ分からない。

しかし、構築され続ける中で残ってしまうもの、消えないものは何なのか?

それを探すのが、とても面白い。

あと、私自身、ここ数年東京デスロックに入り、演劇の構造を重視する主宰の多田さんの影響も大きいのだということも実感した。

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