今しか出来ないかもしれない時間を、
積み重ねる。
コロナ騒動から2ヶ月目に突入し、4月頭に緊急事態宣言が出た事で、役場での活動だけでなく、人に会いに行くこと、カフェで作業したりぼーっとする時間を過ごすこと、など「人と会うこと」と「移動すること」が好きな私は、家と役場の往復生活に突入した。
でも、私の生活しているところは都心部と違って、車でドライブが出来たり、誰も居ない場所で花見が出来たり、家の庭づくりや草引きが出来たり、畑を借りて野菜を作る事が出来る。それは大きな救いだった。
そして、現在は地域おこし協力隊という制度の三年目ということもあり、固定給が変わらずに出るので、正直お金の心配という部分からは解放されている。
緊急事態宣言が出る前の週まで、仕事で東京に居た旦那は、電話でいつもピリピリしていた。戻るか戻らないかも、結構揉めた。
私の今の職業は高齢者を対象としているので、万が一、旦那がコロナウイルスに感染していたら、私は仕事が出来なくなる。
しかし家族が東京で仕事を続けるということもかなりリスクが高く、精神的にも参っていることを知っていた為、帰ってきた方が良いとは思っていた。でも、迷った。
結局は、家の出入口を変え、食事は私が作り、毎日検温し、部屋やトイレを別々に家庭内別居のような生活をしながら凌いだ。
幸い?全て事業がなくなったこともあり、高齢者と3密レッスンをすることもなくなった。
現在、旦那が神河町に戻って二週間が経ち、予定していた仕事が全てキャンセルと延期になってしまったけれど、ようやく落ち着いた顔に戻ってきたので良かったと思う。(収入はほぼゼロになってしまうけれども)
Facebookでは、ダンサー仲間たちが即座にzoomレッスンを取り入れたり、動画でちょっとした身体メンテナンスのコツを教えてくれたり、仕事の切り替えのスピードが早くてとても刺激を受けた。
しかし、残念ながら地方の高齢者にzoomレッスンは取り入れられそうにない。オンライン環境が整っていなければ出来ないし、スマホやパソコンを持っていなければ出来ないし、恐らく操作の説明を何度もしなければならないので、レッスンの開始が出来ないと思う。笑
緊急事態宣言が出て、先ずやったことと言えば、地域包括支援センターの上司と共に、「体操の自粛延長のお知らせ」を出すことだ。もう3回目。
私が最も関わりのある人達には、一筆添えた「今月のお勧め体操」の紙を作り、手紙に同封した。手紙を渡さなきゃいけない日時まで時間が無かったので、全員は無理だったけど8人のおばちゃん達に手渡しをしに行った。
緊急事態宣言の前には、「訪問体操」の希望者に家の玄関先で体操をしに行く事をやったのだけど、それも難しくなったので、とにかくちょっと顔を見て、手紙を渡して安否確認をすることにした。
これがぶっちゃけ面白くて、改めて私は、個人にフォーカスする活動が好きなんだと自覚した。
集団の中に居る時と、家の中からその人が出てくる雰囲気が、大きく違うのだ。「家」という最大の自分のテリトリーに居る時に発揮するパワーというか、身にまとうオーラみたいなものが、全然違うのだ。
こんな事がない限り、体操に通ってくれてるおばちゃんの家を一軒一軒訪ねることなんて、無かったと思う。この時期にしか出来ない発見だった。人は、ひとりひとり本当に奥深いのだ。
やらなきゃいけないこと、使わなければいけない予算、達成したい目標のために計画した事業…これらが全て潰れて、ゼロになり、来年に持ち越すことも出来ない場合、私は何を選択し、どう過ごすのか?を考える。
色々な情報から刺激を受けつつも、自分の今居る地で過ごせる時間は何なのか、それはどういうことなのか?超個人レベルで考える。
私は、先ず自分の身体を思いやり、踊ることを楽しみたいと願い、毎日5分でも良いから「今の踊り」を旦那に観てもらい、それを毎日積み重ね、日々の気づきを記録する。
私は、自分が会ったことがある人、関わりのある人に向けて何かできることを届けたい。そのために、マメに連絡を取って今困っていることについてのリサーチを重ねる。
私は、今まで関わったことのある子供達の為に体操動画コンテンツを作る旦那を手伝っている。それをケーブルテレビに流して貰ったり、YouTubeで観れるようにする準備をしている。
私は、庭にどんな花を植えたら綺麗か、どこを整えると気持ち良いかを考える。そして毎日なるべく沢山、深呼吸をする。